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石触徘徊人+g

gecko2005.exblog.jp

瑞牆山の情報など(石と言葉と微かな光)

トラベルチャンス

トラベルチャンスというクライミングルートについて

トラベルチャンスという同名の幾つかのルートがある。
そもそもルート名というものは人の名前と同じく固有のものとして、それとわかるよう付けられるものであるからして
同じ名前は極力避けるべきものであろう。そうでなければ分類になってしまう。
確かにそういう同名のルート名もあるのだが、必ずサブタイトルが付いていてそれと判るようになっている。
しかし「トラベルチャンス」は「トラベルチャンス」?さっぱりわからない。
困ったちゃんである。
そもそも名付けた人物が困ったちゃんだったので、みなさん納得せざるを得ない。
しかしその人物 加藤泰平さんも気にしてたふうではあったのであらためて整理してみたい。

各トラベルチャンスの詳しい記述はまた後にでも。

以下加藤泰平作、トラベルチャンスとその他のルート

城ヶ崎の浮山橋の「トラベルチャンス」
瑞牆 末端壁上部の「トラベルチャンス」
瑞牆 植樹祭エリアしじま谷 チムニーの「トラベルチャンス」
以下はFA(初登)ではないが開拓したもの
瑞牆 植樹祭エリア 「錦秋のトラベルチャンス」
瑞牆 末端壁 「鷲(田吾作)」
佐久志賀裏側のエリア 「危ないの」「怖いの」 
瑞牆 黄金狂の岩塔 「黄金狂時代」
瑞牆 植樹祭エリア 「産まれる気分」「登攀道」「込め手」「瓦クラック」「石触エレジー」「片雲」「不埒な仁義」

加藤泰平
1948〜2009 享年61歳
早稲田大学の山岳部でクライミングを始めグループ・ド・コルデC.Cウィング〜山岳同人マーモットで活動
クライミングジムウィング創設 深川スポーツセンターで指導員もおこなう。
フリークライマーとしてだけでなくアルパインクライマーとしても現役を貫いた。
2009年5月7日 ネパールのクワンデ・ヌプ(コンデ・リ)6035mで登攀中亡くなった。
娘4人を持つ普通の社会人であり知識と分別にすぐれ(‥てはなかったか)社会的常識もあった?にもかかわらず
クライミング界でその常識を表すことはなかった。
ある意味クライミング適正が大変優れていたとも言える。
わたしのベスト(orバット)パートナーであり共犯者であり尊敬を許さない人生の師匠でもあった。

グループ・ド・コルデ 戸田直樹を中心とする先鋭的クライミンググループ 瑞牆の十一面末端壁を開拓 日本のフリークライミング創世記を牽引した。
C.Cウィング 吉川弘、室井由美子、トキオとその周辺の人たち 小川山、瑞牆不動沢などの岩に生息。人知を超えて見事なクライミングライフ。
クライミングジムウィング 墨田区菊川の象印ベビーの社内にあった。 室井トキオ、金子ユキオ、三由ナオ、河村ジロー、大島じろう、プロボルダラーKEIなど濃すぎるメンツが凌ぎを削ってた伝説のジム 外から覗いて引き返した者多数


以下はトラベルチャンスの謎を泰平さんに尋ねたときの回答文。
ほぼ原文のまま

 嘗てグループ、ド、コルデという山登りのクラブがあった。
古いクライマーなら1976年のチャンガバン南西岩稜の初登攀や
瑞牆山十一面岩末端壁のクラック群を
開拓したクラブとして憶えているだろう。
しかしそれより「コルデ」と言えばやはり戸田直樹であろう。
1979年にアメリカはヨセミテ/コロラドから
彼の地のフリー&クリーンクライミング&ボルダリング
といったクライミングスタイルを持ち帰り、
日本で実践した伝説的名クライマーである。

その頃のコルデには、
あまり知られていないもう一人の名クライマーがいた。
そのもう一人の名クライマー平松啓伸と私は
大変に気の合うパートナーであった。あの頃私は、
もうボルダリングしかなくなっていた戸田さんとは
主に三峰でボルダリングをし
別にロープクライミングは平松と二人でよく出かけた。
その頃に、あるきっかけから今後ルートを新たに作ったら
全て「トラベルチャンス」と名付けようと約束した。
もうその頃には我々は
殆ど新ルートを作る事は無くなっていたので、
城ヶ崎の浮山橋で、瑞牆の末端壁上部で、
そして佐久志賀の奥の院でと
合計3本のトラベルチャンスが作成され、
その後はもう無い筈であった。

何の因果か、今頃になってナカオマサキに乗せられ
瑞牆山の芝生広場近くで
ついつい幾つかのルートを新規作成してしまった。
しかし、平松との固い約束があるので、
全てのルート名は「トラベルチャンス」としなければならない。
友との約束を破っては信義に悖る。
というわけで大変ややこしいことになってしまったが、この際
「チムニーのトラチャン」とか
「ダイワハウチュのトラチャン」とか
「しじま谷のトラチャン」とか
「しじま左スラブのトラチャン」とか呼んで
区別して下さい。私事によって皆様にご迷惑をおかけし大変心苦しい、深謝。
請う ご厚情 m(_ _)m 
2001.4.1 加藤泰平

う〜ん 2001.4.1って日付が気になるけどね
で? あるきっかけって何?
そこは謎のまま。

*さて、ここまで書いていくつかの疑問が生まれた。
浮山橋と末端壁上部、佐久志賀のトラベルチャンスは平松さんとの元祖トラベルチャンスだから、どちらが先に登ったかは今となってはどうでもいいとしよう。
問題は佐久志賀裏側のエリアにつくられた「危ないの」と「怖いの」だ。
これは確か平松さんとの密約のあとに作られたもので泰平さんFAだったはず。何故トラベルチャンスではない?
もしかすると二つともトラベルチャンスで「危ないの」と「怖いの」は形容詞だったのか?
そして本人も作ったのを忘れていたか、発表出来ないエリアだからあえて書かなかったのか。
となるとトラベルチャンスは全部で9本ということになる。
どうでもいいような疑問は残るが泰平さんの遺作でもあるから調べとかないとね。

因みに「トラベルチャンス」の元の意味は
『クイズ!100人に聞きました』などのTVの方ではなくラジオの方らしい
「明石家さんまのラジオがきたぞ!東京めぐりブンブン大放送」の人気エロ体験談コーナーだった「トラベルチャンス」の事であろうか?

by gecko-2005 | 2015-07-09 21:22 | トラベルチャンス