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石触徘徊人+g

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瑞牆山の情報など(石と言葉と微かな光)

野生の魂

屋久島に野生の魂を見た!

1996年、私は二人の仲間と写真を撮る為に屋久島のある沢に入った。
5月だというのに連日好天に恵まれ、原始の溪を十二分に味わいながら
快調に難場をこなし上流部にさしかかっていた。
そこは狭まった溪が広がりを見せ始めるところで
溪は明るく、かといって浅くもなく
広大な原始がまだ見えぬ稜線に向かってつづいていた。
ゴルジュを抜けたあとに広がる自由を具現化したような風景がそこには確かにあった。
そういう場所が、どうしょうもなく好きだ。
初めてたどり着いたと言うのに、戻って来たかのような場所。
そこもそういう場所だった。

流れる清流でのどを潤し
次の越えるべき滝を見上げると
高さは7〜8m程でしかないがつるっとして悪そうだ。
側面はやや傾斜の強い草付となっているが容易に巻く事が出来そうだった。
右から巻いて滝の上に回り込む事とする。
巻き終わりに様子を探るべく二人を残し
一人傾斜の強い草付きを滝の上部へ降りてみた。
そこからまた水際をたどる事が出来そうだなと思いながら草付きを離れ
溪の方へ振り向いた、その瞬間だった。

そいつがそこに立っていた。

凄まじいまでの眼光を発する黒い犬。

空気が変わり時間が一瞬固まった。

そいつは目の間に皺を寄せ低く唸った。

その距離約ニ間。

そいつの足元にある何かの固まりが気になったが
視線を落とす事さえ出来ない。
次元の違う殺気が飛びかかるように襲ってきた。
それは錯覚だったのかもしれないが何かが後ろで動いたような気がした。
一瞬意識がそっちへいったのだろう。
その瞬間目の前から、そいつは消えた。
そいつがいた足元には内蔵が引きずり出されたヤクシカが横たわっていた。
視線を左右の石の後ろに置いたままカメラをシカに向け一枚だけシャッターを切った。
少し後ずさってから、振り返ると降りてきた草付きを一気に駆け上がった。
背中に強烈な殺気みたいなものが突き刺さっていた。
大きな岩が足元から転げ落ちていった。
息が収まってから仲間に告げた。
「‥野犬が‥いる!」

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↑襲われたヤクシカ(下流で美味しく生水飲んじゃいました)
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↑シカと野犬
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↑二匹の野犬

上流の岩陰に回り込みやつが居た場所を見ると
白い野犬が下流に向けて走り出したところだった。
「しろ?」
そう、私が対峙した野犬は黒だったはずなのだ。
「しろいね〜?」
そう思ううちその白い犬は岩を軽々と跳んで岩陰に消えた。
そして次には下の岩から現れ次の滝を岩へと跳んでいった!
驚愕とはこの事であろうか?
あの野犬は我々が高巻いた滝を軽々と跳び降りながら下流へと駆け下っているのだ。
犬は下降に弱いという認識が完全に間違っていた事を知った。
犬に対して持っていたいかなるイメージをも越えていた。
その動きはまさにオオカミの如し!(オオカミ見た事ないけど)
そして、その白い野犬が駆け下った先にはもう一匹の黒い野犬が待っていた。
二匹は連れ添うと悠々と沢を駆け抜けて我々の前から消えてしまった。

また水の流れだけが戻ってきた溪を見ながら
やつらの生きてきた様と行く末を思った。
自由自在に険しい渓谷を駆ける姿を。
シカを追いつめる、取り戻した野生の姿を。
厳しい冬と新しい命を育む春を。
そうして何代かに渡り、人里には戻れなくなったやつらは
野生として生きる場所を求めるうち、この溪にたどり着いたのかもしれない。
そう思うとこの場所が、また格別の場所のような気がしてきた。
隔絶された世界に適応して生きる最後の犬達。

「ふう〜‥」

ため息が残った。

それを証明出来る話しかどうかわからないが
その後偶然森の中で出会った猟師は野犬を見たと話すと、驚いてこう言った。
「ま〜だ居たのか!」

野犬は所詮犬である。
見た目もまんま犬だった。
その内側にたとえ先祖帰り的野生の血が流れていようとも
犬は犬
オオカミには帰れない。
だから今、危惧することは沢山ある。
やつらが生きて行ける世界は狭まっている。
世界遺産であり観光地でもある。
でも、やつらがいつまでも溪を駆け、シカを追い、冬を乗り切って
次の世代に野生の魂が引き継がれていればいいなと思う。
「だって本当に凄いんだもの!」
人々が容易に入れないあの場所は
やつらにとって最後のユートピアなのかもしれない。


あれから時間は流れた。
日々平穏、飼い犬のような毎日
(人はそう思わないかもしれないけど)
かろうじて退屈じゃない人生
(それで充分かとも思うのだけど)
誰かフリスビー投げておくれ
(取りにはいかないけどね)
歳を重ねて失しなったと感じるもの全ては
失うべき必要があったから失ったのだろうとは思うのだが。
それに抗うのもまた人なのか?
どんどんと平穏感に削ぎ落とされて行く切迫感や緊張感
それがどうしても幸せとは思えない。
あ〜人って(特にクライマーってめんどくさい!)

あこがれや願望だけじゃたどり着けないのが野生の力
そうとわかっていてもね〜
だからせめて満月の夜には吠えてみたいと思うのです。
しかし、のどの奥から絞り出したものと言えば

 何故か

「ワン‥?」
by gecko-2005 | 2011-05-28 17:21 | 僕らはみんな生きている